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京都地方裁判所 昭和52年(ワ)1165号 判決 1978年10月17日

原告 大下象教 ほか一名

被告 京都府

訴訟代理人 細川俊彦 西谷忠雄 ほか五名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し各金一、二五〇万円およびこれらに対する昭和五二年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

(請求原因)

1  原告らは夫婦であり、亡大下智史(当時六才、以下智史という)は原告らの三男であつたが、智史は、昭和五二年五月一八日、近所の遊び友達である訴外鈴木和行ほか一名と遊びに出かけ、同日午後五時過頃、舞鶴市字寺内一四九番地先新大橋西北角の高野川の河岸に堆積し放置してあつた盛土の上で、石投げをして遊んでいたところ、智史および鈴木和行は足をすべらせて右河川に転落した。鈴木和行は浅瀬に流れつき、通りがかりの人に発見され一命をとり止めたが、智史は盛土より約六米離れた地点で溺死した。

2(一)  高野川は二級河川で京都府知事が管理し、被告が管理の費用を負担するが、智史の高野川への転落死亡事故は、次に述べる京都府知事の高野川の管理の瑕疵に基づくものである。

(二)  高野川は舞鶴市の市街地を流通し、本件事故現場付近の川幅は約二〇メートル、水深は約一・四メートルである。

(三)京都府舞鶴土木工営所は、昭和四九年頃から、高野川の浚渫工事に着工し、昭和五〇年七月二七日から昭和五〇年一〇月二五日まで、昭和五〇年度河川局改良工事(舞五〇-局改河第一八号)として、新大橋から新堀橋間の寺内地区の浚渫工事を谷建設株式会社に請負わせ施行した。右浚渫工事において、河床を掘削した土砂(ヘドロ)は、新大橋北西角の堤防に接着し、河床上に長さ三・二メートル、幅約四・三メートルの範囲で鉄の矢板を打ち込み設置した仮置場に堆積させ、四・五日乾燥させた後残土処理されていた。

ところが右浚渫工事が昭和五〇年一〇月二五日に完了したにもかかわらず、新大橋北西角の土砂は本件事故が起るまで放置され、矢板の囲いもなかつた。

(四)  本件事故現場である新大橋は舞鶴市の中心部に位置し、付近には住宅が密集し、子供達の遊び場になつていた。新大橋北西角の土砂盛土は、河岸に接着し、堤防に沿つて長さ約三米、川の中心部に向うこと約四米、堤防下約三〇米の状態で放置され、容易に付近の子供の遊び場となり得るようなものであり、右盛度は粘土質ですべりやすく、川面に切り立つて堆積しており危険このうえない状態であつた。

(五)  付近住民は京都府舞鶴土木工営所に対し、右盛土を撤去するよう再三申し入れていたが、土木工営所は耳を貸すことなく処置を怠り危険な状態のまま放置した。

3  原告らの損害

訴外智史の死亡(死亡時六才)にともなう逸失利益

一、八〇〇万円

訴外智史の死亡にともなう慰謝料 二〇〇万円

合計二、〇〇〇万円

(一) 原告大下象教同大下悦子について

(1) 本人固有の慰謝料 各二五〇万円

(2) 訴外智史からの相続分(1/2)各一、〇〇〇万円

合計各一、二五〇万円

よつて原告らは被告に対し、国家賠償法第二条、同法第三条にもとづき、それぞれ右損害金一、二五〇万円およびこれに対する本件事故の発生日の翌日である、昭和五二年五月一九日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する認否と主張)

1  請求原因に対する認否

(一)  請求原因1については大下智史が昭和五二年五月一八日に死亡したこと、右死亡時新大橋付近に土砂が存在していたことは認めるが、盛土を堆積し放置してあつたとの主張については否認する。その余の事実は不知。

(二)  請求原因2(一)については高野川が二級河川であり、京都府知事が管理し、被告が費用を負担するものであることは認め、その余は否認する。

(三)  請求原因2(二)は認める。

(四)  請求原因2(三)については矢板で囲繞した範囲および土砂を放置したとの事実については否認し、その余は認める。

(五)  請求原因2(四)については新大橋北西角に土砂が存在していたことのみ認めその余はすべて争う。

(六)  請求原因2(五)については否認する。

1  被告の主張

(一)高野川の管理に瑕疵はない。

(1) 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、一般的に当該営造物が、その構造、用途、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を考慮したうえ、具体的にみて通常有すべき安全性を欠いていることをいうと解されている。

(2) 訴外鈴木和行および亡智史は新大橋北西端に位置する防護柵を乗り越えて舞鶴市字寺内一四九番地所在の訴外大谷隆三所有の敷地内に侵入した後に、堤外に存在していた盛土の上へ降りて、同所から高野川流水へ投石して遊戯中、まず鈴木が続いて智史が、それぞれ高野川流水に転落した。

(3) 一方高野川及び本件事故現場付近の客観的状況をみると本件事故現場付近では高野川は舞鶴市の中心部を貫流し、両岸には民家が建ち並んでいるため、高野川を管理する京都府知事は、増水期の溢水防止あるいは歩行者ないし通行車両の転落事故の防止を目的として、護岸を設置し、更にこの上に高さ約三〇センチメートルのパラペツト(余裕高)を積み上げて民有地との段差を設けていた。この余裕高は、併せて付近住民が高野川へ接近するのを防止する機能を果たしていた。

また、智史が投石していた所である高野川堤外の盛土に至るまでの状況をみると、右盛土に至ろうとする者はまず新大橋北西端の防止橋を乗り越えるか、あるいは流域の民有地の周囲にはりめぐらされた有刺鉄線を越えるかして、一旦前記大谷隆三所有地に不法侵入するほかなく、したがつて智史を含め住民一般が本件事故現場付近のパラペツトを踏み台として高野川堤外へ降りることは元来予想されている行動ではない。

(4) 一方、新大橋の防止柵の構造、場所的環境等を検討してみるに、智史らが乗り越えた北西端部分は、道路面より約八〇糎高く、これをもつて歩行者ないし通行車輛が同所より誤つて高野川へ転落するのを防止し、併せて高野川へ接近するのを制止する機能を十全に果たしていたといえるものであつた。すなわち八〇糎程の高さを有する防止柵の存するときには智史と同年齢又はそれよりも若干幼少の児童とはいえ、かかる防止柵を越えてはならないことを当然知悉しているからである。したがつて新大橋北西端の防止柵はその構造、場所的環境、用途等からして通常備えるべき安全性を欠いていたとはいえない。このことは、これまで本件事故現場付近で高野川への転落事故が皆無であつたことからも裏付けられる。

(五) 智史は前記(2)で述べたように新大橋北西端の防止柵を乗り越えて、高野川堤外の盛土に降り、その結果本件事故に遭遇したものであり、このような通常予想されない異常な行動に出た結果生じた事故に対してまで、施設に瑕疵があるものとして管理者の責に帰すべきではない。

(二)  本件事故は、智史の予想外の異状な行動と同人を監督すべき立場にあつた保護者たる原告両名の監督上の過失が競合して発生したものである。

(1) 智史は小学校一年生としては、かなり広範な区域を年長者を伴わずして行動し、約一粁余り離れている舞鶴港付近や伊佐津川まで出かけることがあつた。本件事故の前日に智史は伊佐津川に転落して水につかるという危機に遭遇し、街路に出会つた舞鶴幼稚園の保母から注意を受け、更に帰宅して両親から叱責を受けたにもかかわらず、これを聞き入れず、事故当日、再び年長者を伴わずして同年齢の児童である鈴木和行とともに高野川へ遊びに出かけるという行動をとつている。智史の右行動は、交通事故、水難事故が世上稀でないときに小学校一年生の児童としては甚だ異常、かつ危険なものというべきである。

(2) 智史は、通常の児童と比較して活動的で知能程度が劣つており、智史の保護者として同人の行動については格別の注意を払うべき義務を負つているにもかかわらず、智史が年長者を伴わずして、遠距離の港湾、河川で遊ぶのを心底より制止していなかつた。また智史が事故前日に伊佐津川で転落したにもかかわらず、翌五月一八日には高野川へ遊びに出かけていることは、原告らの智史に対する叱責ないし注意が智史を理解、納得させるに足りるものではなかつたことを示す何よりの証左である。原告らが平素より危険防止の柵を越えてはならぬこと河川へは年長と連れ立つて行くこと等を指導していたら本件事故は回避し得た。

(3) 智史宅付近には児童のための安全な遊び場である、明倫小学校、舞鶴公園、西山公園、京都府舞鶴保健所跡、大原神社等の施設があり、児童の遊び場所には恵まれていた。このような児童のための安全な遊び場所が近隣に存在するにかかわらず、本来的に危険な河川を選んで遊ぶことについては、智史および同人に対する適切な指導を欠いた両親である原告らの過失は甚だ大きい。

(三)  本件事故現場の盛土は、京都府知事が昭和五〇年九月一九日から、同年一〇月一四日までの間に施行した高野川浚渫工事に際して、川底を掘削して得られたヘドロを高野川堤外に堆積してできたものではなく、何人かが府知事の許可なくして、河川の管理に従事する職員に知られないように不法に投棄した畑土からなるものであるからその盛土が本件事故の原因であるというなら責任はその不法投棄者にあり、被告にはない。

(証拠) <省略>

理由

一  事故の発生

亡大下智史が昭和五二年五月一八日に死亡したこと、右死亡時新大橋北西角に土砂が存在していたことについては当事者間に争いがない。<証拠省略>によると亡智史は原告ら夫婦の三男で死亡当時六才七ケ月であつたこと、智史は友人鈴木和行とともに、舞鶴市字寺内一四九番地先新大橋北西角の高野川河岸に存在する堆積土の上で遊んでいたところ、右両名があいついで足をすべらせ高野川へ転落し、その結果鈴木和行は救助されたが、智史は溺死した事実が認められる。

二  責任について

1  高野川が二級河川であり、京都府知事が管理し被告京都府が費用負担者であることは当事者間に争いがない。

<証拠省略>を総合すれば次の事実が認められる。

2  本件現場は舞鶴市内を南北に流れる幅員約二〇米の二級河川高野川にかかつている新大橋の北側である。

3  京都府舞鶴土木工営所は昭和五〇年度の河川局部改良工事として同年七月から一〇月にかけ高野川の新大橋の上流五二米の河床浚渫を訴外谷建設株式会社に請負わせ、谷建設株式会社はその間に四〇二・二立方米の土を浚つて運んだ。この土量は当初の見積四二六・六立方米よりは少し少なかつたがこの程度の誤差は慣例上許される範囲であつた。この工事は予定通り完了し昭和五〇年一〇月二七日完成届が提出された。

4  右の川底浚渫作業はヘドロを搬出するものであつたため谷建設株式会社は舟で新大橋の北側までヘドロを運びそこに作られた二・五米平方位の矢板で囲つた仮置場で水切りをしてクレーンで橋上のトラツクにのせて搬出した。

5  昭和五〇年一〇月二七日右の作業は終つたが谷建設株式会社は次期作業の請負を期待してか矢板の囲いを撤去せず放置しておいたため同五一年六月と八月頃付近の住民から前記土木工営所にこの矢板囲いの近くに下水が入りこむ暗渠があるので洪水の時に水が溢れると困るから矢板を撤去してくれという要望があつた。そこで同年九月前記土木工営所は谷建設株式会社に命じてこれを撤去させた。

6  本件事故直前智史らが遊んでいた場所は新大橋から北へ数米離れたところの西岸にくつついた堆積土砂の上でここは小さな島状をなし堤防に沿つて南北に約四米、川の中心の方に向つて約三米の幅があり、堤防に接しているところは堤防の上との差は六〇ないし八〇糎位で人間が降りられる程度であつた。この島は堤防に接するところから水面に向つて傾斜し水面に至つている。堆積土は赤茶けた粘土質の土砂でかなり硬かつた。川の深さは一・五ないし二米あり浚渫後で急に深くなつていた。

7  本件事故現場の西側の堤防には約三〇糎の余裕高があり、橋に接近したところには右余裕高の上に高さ約九〇糎の鉄製欄干がありその北側には四条の有刺鉄線が張られていて、転落防止と川の方へ降りていくことの禁止の標識をなしていた。智史らはこの鉄製欄干を乗りこえて堆積土の上に降りそこで遊んでいるうちに足を辷らせて川の中に落ちて流された。

8  事故前この堆積土に降りて遊ぶ子供が時々あり、付近の住民はこれを見ると危険を感じ追払つていた。しかし原告の方で危険だからこの堆積土を撤去してくれと要望した事実はない。

以上のごとく認められるところ原告らはこの堆積土は前記3で認定した浚渫工事の際谷建設株式会社が残して行つたものだと主張し<証拠省略>はこれに沿う証言をなし谷建設株式会社が前記のごとく矢板囲を永く放置しておいた事実があるので矢板囲を撤去した後の盛土である可能性はあるが<証拠省略>は本件事故後この堆積土を撤去する作業をしたが三〇糎程掘るまでの土は畑の土でその下が黒いヘドロようのものであつたと証言していること、<証拠省略>によるとこの堆積土のあつた場所は橋のすぐ近くでなく少し離れていて暗渠出口の邪魔になつていなかつたこと、土の色が赤茶けていてヘドロでないように見えることよりして不心得者が土を投棄して本件堆積土ができたとみることもできる。但し国家賠償法二条にいう管理の瑕疵とは河川が通常備えるべき安全性を欠いていることをいい、瑕疵の発生原因が管理者の過失によるものか否かを問わないものと解され被告の主張するように何者かが不法に畑土を投棄したとしても、その結果河川としての通常備えるべき安全性を欠いていたとすれば、管理の瑕疵ありというに妨げないのでいかなる事情で堆積土の島が出来たかを追求することは余り意味がない。

<証拠省略>によると次のことが認められる。

(1)事故発生現場は、その約二〇〇米以西は山で、近辺には舞鶴公園、西山公園、柱村寺等の遊び場があり、子供達の遊び場にもこと欠くような住宅密集地ではない。

(2)  新大橋は智史らの通学路ではなく、同人らは藤田橋を通つて通学しており、むしろ新大橋は交通量が多く危険な場所とされていた。

(3)  智史は本件事故の前日にも自分の家から約二粁離れた伊佐津川の方へ遊びに行き溺れて帰つて来た。

(4)  従前この高野川で人が溺れて死んだことはない。智史は幼稚園時代には先生から川や海へは大人と一しよに行き、自転車では遠い処へ行くので自転車では行くなと教えられていた。

三  以上の確定事実によると、本件事故は島状の堆積土があつたため智史らがここへ遊びに来て発生したものではあるが、堆積土があつたため氾濫を起したとか暗渠に下水が入りこみ害をなしたというのでもなく、鉄製欄干等の防護柵がなくて子供が転落したというのでもないのであり、その原因は智史らが六才七ケ月の子供であつても鉄製欄干や有刺鉄線でこんな処へは進入すべきでないと判る、遊び場所でない場所へ降りて来て遊んでいたがため発生したものであるから河川の維持又は管理に瑕疵があつたということはできない。

この場所が遊び場所として作られそこが辷り易いための事故であつたら管理の瑕疵といえる場合があろうが、本件場所はそういう遊び場所ではなく、危険というのはここへ子供が遊びに来て本件のような事故を起したら危険というにあつたのであるからここへ子供が来ないようにすれば足るところ前記鉄製欄干とか有刺鉄線は転落防止の為と進入禁止の意味をも兼ねていたのであるから河川が通常備うべき安全性に欠くるものがあつたとみることはできない。

よつて原告らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地 博)

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